- 『ピコの心』 -                (凸凹作家ピコの屈折した記録)

切り絵、パステル画、詩、書、発達障害(自閉症スペクトラム・ADHDなど)、愛着障害(アダルトチルドレン)、解離に関するもの、その他。 暫くは詩が中心です。

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ちょっと、本格的に始めたい事があって…。

ちょっと本格的に勉強してみようと思う事があって、もう少し具体的に為ったら詳細を語ろうと思うので、もう少し待ってくださいね。
載せてなかったの続きです。



<貴方への手紙>
お久しぶりです。
お元気ですか。
もう、新しい世界へは着きましたか?
そちらの様子は如何ですか?
今度こそ、幸せな一生が待ってるんでしょうね。

こっちは相変わらずです。
でも、何とか元気でやってます。
時々、貴方へのを詠みます。
自分で紡いだのに、詠むと涙が溢れます。
いつでも、其の時にタイムスリップします。
時々繰り返す、定例のイベントです。

でも、いいんです。
フラッシュバックの御蔭で、ずっと忘れずに済みます。
楽しい記憶も、悲しい記憶も、
大事に大事に取って置きます。
そして、時々写真を眺めるように記憶を取り出しては眺めます。

それでは、又御便りします。



<マイ オンリー>
自分で見つけるしかないマイオンリーのメソッド(方法)。
人真似のメソッド(方法)は通用しないから、
自分で探すしかないんだ。

一つ一つ自分で探して、見付けていくしかないんだ。
手間の掛かる大変な事でも、
他に方法が無いんだからしょうがないよ。

一つ一つ試して、その中から自分のメソッド(方法)を見つけるしかないんだ。
長い長い道程(みちのり)。
やっと始まったばかりの、気が遠くなる様な道がずっと先まで続いている。
マイオンリーを見付ける為の、とても長い道程が…。



<ギフト(贈り物)>
人は誰でもギフトを持って生まれて来る。
君は君のギフトを持って生まれて来た。
どんな人でも、その人だけのギフトが有る。
唯、其のことに気付かないだけ。

自分の中の飛び切りのギフトに気付いて欲しい。
其れは、君だけのギフト。
誰にも真似出来ない君にしか無いギフトなんだ。
君のギフトをちゃんと探してごらん。
君のギフトは君自身にしか見付けられない。

君が君のギフトに気付いた時、
君の人生は新しい時代を迎える。
君自身も思いも拠らなかった新しい世界が、
その幕を開ける。

さあ、早くギフトを見付けに行こうよ。
君の未来を見付けに行こうよ。



<心のキズ>
僕の心にはキズが有る。
君の心にもキズが有る。
誰の心にもキズが有る。

僕が見えるのは其のキズの色。
其のキズから流れ出す悲しみの色。

深いキズから、冷たい海の色の悲しみを流す人。
幾つものキズから、熱い炎の色の悲しみを噴き出す人。
穿たれた様な大きなキズから、赤黒い血の悲しみを滾らせる人。
年輪の様な古いキズから、薄れた記憶の黄色みを帯びた悲しみを懐く人。

だが、癒えないキズは無い。
いつか、時と共にキズも癒え、悲しみの色も薄れていくに違いない。
キズが癒える其の日まで、待って上げて下さい。

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いつの間にか、詩が溜まってしまいました。

ここ数日、を載せてなかったような気がします。
その間に、随分とが溜まってしまいました。

取り敢えず、その内の幾つかを…。



<魔法の言葉>
僕には、独り言のように僕に語りかける魔法の言葉が有る。
とても、とても不思議な魔法の言葉。
僕から僕へ贈る不思議な言葉。

不安で不安で堪らない時、僕に語りかける言葉。
「だいじょうぶ」
大丈夫だから、何も心配要らないから、絶対大丈夫だからね。
その言葉が、不安の暗雲を払い除けて、
ホッと安心の光を灯す。

人生に絶望して何もかも嫌になった時、僕に語りかける言葉。
「あきらめないで」
何が有っても諦めないで、僕を心配してくれる人の心を信じて決して諦めないで。
その言葉が、心に希望の松明を掲げて、
僕の歩む足下を照らし続ける。

生きることの意味を見失い掛け、消え入りそうになった時、僕に語りかける言葉。
「生きて」
生きて、生きて、生き続けて。
大丈夫だから、諦めないで、生き続けて。
その言葉が、生きることに希薄な僕に、
生きる力を与えてくれる。
命の奥深くから湧き上がる力、途轍もなく強い力を呼び起こす。

僕が僕に語る魔法の言葉。
決して忘れてはいけない珠玉の言葉。
僕が僕に贈る心のエールが、無限のパワーを秘めた大樹の種になる。

「だいじょうぶ!」
「あきらめないで!」
「生きて!」
何度も何度も繰り返し、
僕に語りかけ続ける魔法の言葉。



<此処に居ますよ>
如何したら気付いてくれますか?
此処に居ますよ。
前からずっと此処に居るのに、如何して気が付かないんですか?

此の身を熱い熱情で焼き尽くしてしまえば、
其の炎で気付いてくれますか?
如何して真実を見ようとしないんですか?
有りの儘の姿を見ようとしないんですか?
斯うして目の前に居るのに、気が付かないんですか?

自分の目で確かめて下さい!
自分の心でしっかり見て下さい!
そうすれば、屹度真実の姿が見えてくる筈ですよ。
昔からずっと此処に居るんですから、
もうとっくに見えている筈ですよ。
唯、其のことに気が付かないだけなんですから。



<生きるメソッド(仕方)>
心の中で荒れ狂う熱い炎。
自らの身をも焦がしてしまう熱情の嵐。
容赦なく我が身を焼き尽くそうとする強烈な熱砂。
其の余りの過酷さに、生きる意思をも焼き尽くしてしまう。

此の凄まじいばかりの熱情の中で生きるには、
最早、己を棄て人の為に生きるしかない。
我が身を省みることの出来ない哀しさは、
如何することも出来ない。

激烈な希望の光源を人の為に振り向けることで、
我が身を燃やさずに生きていけるかも知れない。
たった一つ遺された、生きる為のメソッド。
自らの業火の中で生き続ける、唯一のメソッド。

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落ち着きました。抑制が働いたのかも知れません。

昨日の混乱はなんだったのかと思うほど、今日は落ち着いています。
どうにも落ち着かなくて、ネットでいろいろ検索したりして、少し参考になるページも見つけました。

以下、引用です。


訳もなく落ち込んでしまい、どんな感情に引っ張られているかが分からないときもあります。
それは、自分自身が感じないように抑圧してきた感情に何かの拍子で触れてしまった時にそうなるようですね。


今、目の前にある問題が少しずつ緩和されてくると、その分だけ余裕が出てきます。
そうすると、その心のスペースに過去の痛みが湧き上ってくるんです。
それはまさに「僕も癒してよ~」って心の作用なのかもしれません。
その痛みは時には古い感情で、自分でも記憶にない痛みであることも少なく無いんですね。
それで落ち込んでるんだけど、どうしてなのかが分からない・・・という気持ちになってしまうのです。

ただ、そういうときに深刻になって「どんな感情が足を引っ張っているんだろう?」とか考え始めると、たいてい、どんどん気分は悪くなってしまいます。

なぜかというと、思考で感情を処理するのは難しいからです。


でも、感情というのは、理不尽で、矛盾をたくさん含むものです。
どらくらい理不尽かといえば、夢を思い出してみればよいと思うんです。
時間も登場人物もストーリーもめちゃくちゃなときってありますよね?
あれが心の中の世界だと思って頂いてもいいくらいです。


だから、気分が落ち込んでるなあ・・・と気付いた時はあれこれ考えずに「あぁ、今、気分が悪いんだなあ~、無理せず休めってことかな~」なんて風に捉えておく方が心のためになるものです。


気分が落ち込むとき~心と夢と思考の関係~



あまり考え過ぎない方がいいのは分かるんですが、でも考えずにいられないし、考えれば考えるほど訳が分からず、深みに嵌る一方でした。

そのうちに、ふと、昨日は何しろ調子が良く、躁状態だったのですが、未だ母の四十九日にもならないのにって、一瞬思ったんです。
自責の念ですね。
ほんの一瞬だったんですが、それが抑制として働いたのではないかと思います。
それで、急激な落ち込みを誘導したんじゃないかと思います。

更に、葬儀の際に葬式躁病になり、その悲しめないやるせなさに因る自責の念に、火葬によって変わり果てた姿を見た衝撃が起爆剤となって、フリーズとクラッシュが混在するようなショック状態になった、あの時の記憶の感情部分だけがフラッシュバックで甦り、抑制と相俟って急激な落ち込みへと導いたのではないかと思い至りました。
其の事に気付いてから、徐々に落ち着きを取り戻した事から、どうやら正解だったようです。

人の心と言うのは、不思議な働きをするものですね。

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急激な落ち込み

今日は、幾分躁状態だったのが、いきなりの急激な落ち込みで途惑っています。
これといった原因は思い付かないし、いきなりエアーポケットに落ち込んだみたいで、意識も朦朧とし、パニック障害のような状態にまでなって、訳が分からずにいます。

ネットで参考になりそうなページを探したりしましたが、あんまり考えない方がいいことも有るとは書いてありましたが、そうは言っても…。
つい考えずにはいられないし、困惑するばかりです。

ノートに書き留めた詩が随分溜まってるんですが、後日にします。
あしからず。

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トントン、トントン

今日は、いつもとも少し違ったになったかも知れません。
トントン。



<トントン>
トントン、其処に居ますか?
         トントン、此処に居ますよ。
トントン、元気ですか?
         トントン、たぶん元気ですよ。
トントン、大丈夫ですか?
         トントン、たぶん…。
トントン、外に出てみませんか?
         トントン、………。
トントン、一緒に散歩しませんか?
         トントン、後でね。
トントン、一歩足を踏み出してみませんか?
         トントン、今は ちょっと。
トントン、不安ですか?
         トントン、不安です。
トントン、怖いですか?
         トントン、怖いです。
トントン、僕も一緒だから大丈夫ですよ!
         トントン、う~ん。
トントン、一緒に歩いてみない?
         トントン、うん…。
トントン、さあ 心の扉を開けて!
         トントン、今 行くよ。
トントン、一歩から始めよう!
         トントン、一歩からね。

ここから始まるんだよ、君の人生は。

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デイケアで、久しぶりの塗り絵でした

今日は、午前中デイケアで 午後バイト、今の状態の僕にはちょっと忙しい一日でした。
帰ってから、ちょっとバッテリー切れ。
少し疲れていたようです。
どの程度疲れているのか、いつも自分で分からなくて困惑します。

デイケアでは久しぶりで塗り絵を塗りました。
時間が限られているので、僕にしてはかなりハイペースで仕上げました。




色鉛筆なので、写真にすると薄くなってしまいます。
それで、ちょっと濃淡を上げたんですが、周りの白い部分も色が付いちゃいましたね。

デイケアには、いろんな心に傷を持った人が来ますが、不思議と自分のままでいられて安心します。
何故でしょうね。
僕のようなタイプには、不向きな場所って言われてるみたいなのに、ちょっと不思議です。
行き始めるまでは、そんな事もあって不安だったんですが、2度目ですっかり慣れて、不安もなくなりました。

先日の留学生たちとも、自分のままでいられて不安が無かったですし。
自分が普通でないのに、普通(定型)の人たちの中に居ると、やはりそれを意識してしまい、気付かないところで無理をしているんでしょうね。
いつも自分のままで居たいと思うんですが、普段は相当意識して無理をしているんでしょうね。
時々そのことに気付いて、ちょっと自分にうんざりする事もあります。(「ちょっと、なんか違うよな」 とか)
自分でも気付かないうちに無理をして、帰るといつもくたくたになってしまいます。
でも、その疲れ加減に気付かなくて、倒れそうになって気付くんですが…。
何故、それ程くたくたになるのか、定型の人には想像もできないでしょうね。
自分でも、どれ程くたくたになっているか分かってないんですから、無理も無いですよね。

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自分自身へのひとり言

今日は、ちょっと感じたことがあるんですが、ひとり言は結構誰でもありますよね。
多い少ないはあるにしても、ひとり言を言うことで、記憶を確認したり、自分を納得させたり、自分の感情を代弁したり、結構必要な作業なんじゃないかって思うんです。
最近、特にここ数日ですが、自分に向かって話しかけるようなひとり言を、半ば意識的にですが、時々日課のように繰り返します。

人生、ほんとにいろんな事があります。
特に、発達障害を持つ人は傷つく事も多いし、心無い目に会う事だってあります。
そういう時の痛手は、普通に考えるよりも遥かに大きなものです。
感覚過敏を持つ人が多いんですが、心の過敏もあるんです。
フラッシュバックが関係してくる場合も有るし、いろんな要素が絡み合って、普通の何倍、或いは何十倍もの衝撃になって心を直撃します。
自分に対しての感情は常に否定的な方向に向かいがち。
生きること自体が簡単じゃないんです。
生きよう言う意思を保つ為に意味を求めます。
不器用といえば不器用なんですね。

自分へのひとり言って言うのは…、また、にしますね。
自分へのエールですね。
それを繰り返す事で、希望や勇気に変えていけるように、錯覚でも何でもいいんですが、それが必要なひとり言になってるんだと思います。
たぶん、にしたほうがいいですね。
にすると、素直に表現できるのが不思議です。
を書き出すと、後は自然に心から溢れ出すのに任せます。
余分な感情や、衒いや、そんなものが一切入らないから、かなりストレートに表現できるんだと思います。
近いうちに、の形になると思いますので、その時までこの話は取っておきます。

今日は、別のを。



<宿命の上に花を>
宿命の上に種を蒔こう。
小さな小さな、希望の種を蒔こう。
小さくても、強い希望の意志を持った種を蒔こう。

宿命の上に花を咲かせよう。
昨日蒔いた種を大事に育てよう。
毎日、水を遣り、雑草を抜いて、
大きく大きく育てよう。
そして、立派な花を咲かせよう。
宿命を肥料として、綺麗な花を咲かせよう。

深く過酷な宿命なら、屹度良い肥料になるでしょう。
そして、見たことのない綺麗な花を咲かせるでしょう。
宿命が深ければ深いほど、しっかりとした根を張れるでしょう。
そして、その分大きな花を咲かせるでしょう。

誰にも負けない、自分自身の花を咲かせよう。
永遠に枯れない花を咲かせよう。

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聴覚過敏とカクテルパーティー効果

今日は、聴覚過敏について少しお話させていただこうと思います。
発達障害、特にアスペルガー症候群のような自閉症タイプには、感覚過敏を持っている人が多いようです。
感覚過敏とは、「五感(視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚)のいずれかが通常以上に敏感であること」 という定義になるようです。
発達障害、又はアスペルガー症候群 = 感覚過敏ではありません。
何の障害も無い人(「定型」:定型に発達した人の意味)も、感覚過敏を持っている人はいます。
ただ、自閉症タイプには特に多いということは有るようです。

僕の場合、これら全ての感覚過敏を持っています。
外へ出ると眩しくていつも目を細めていたので、いつも眠そうだと思われていました。
10代の終わり頃からは、好んでサングラスをかけていました。
実は、外が眩しくてしょうがなかったんですが、自分が特別とは思っていませんでした。
近年は、白内障のせいでしょうか、以前より眩しさを感じなくなりました。

味覚はかなり鋭いので、微妙な味の違いもよく分かりましたが、今はどうでしょうね。
以前ほどではなくなった気がしますが。

匂いについても、かなり敏感に反応するほうです。
匂いの好き嫌いは激しいと思います。

触覚の過敏さは、かなり有るのかもしれません。
触覚過敏とアトピー性皮膚炎とがどのように関係しているのか分かりませんが、小さな頃からかなりひどいアトピーでした。
未だにアトピーは完治しませんが、未だに残っているのはアトピーなのか感覚過敏のせいなのか判然としない事があります。
昔からそうですが、着るものを選ぶのは大変です。
化繊のものや少しでもちくちくする物は、肌に触れる部分に着れません。
襟についているタグもだめ、縫い目の糸もだめ、そのため下着は殆ど裏返しです。
学生時代は、ワイシャツ(今みたいに綿のシャツは無かったですね)や学生服のカラーで首がいつも皮剥けになって真っ赤に腫れ上がって治ることはありませんでした。
しかも、首元までボタンを留めると、首を絞められているようでいつも気分が悪くてたまりませんでした。
それを我慢してるが苦痛で苦痛で、学校へ行くのも苦痛、授業を聞いてるのも苦痛で勉強どころではなかったのかも知れません。
高校の頃は別の理由で、全く勉強するのを辞めてしまいましたが。

肩を組まれるのも物凄くいやです。
見えないことが不安にさせます。
体の一部、手や足が見えない場所に有ると、手足に対する実感が途端に希薄になって不安になり、どこにあるのかその位置がつかめなくなります。
肩を組まれるのを極度に嫌うのは、見えない所から現れた手がいったい何なのかがつかめないのと、圧迫感のせいでしょう。
肩を組まれると息苦しくてパニックに近い感覚になります。
背中からと言うのは、見えないから怖いですね。
見えるところ、前から来た人は怖くないんですが。

見えないことで手足の位置をつかめないため、歩くと彼方此方へぶつかります。
特に狭い場所では、手足か頭を必ずどこかにぶつけて、一日に何度か痛い目に遭います。
こういう痛みには過敏なようです。

それから、時々皮膚の表面がちくちくと痛くなり、水道の水も痛くてたまらなくなります。
自分で触るだけでも痛くてたまらなくなりますが、幸い、四六時中という事はありません。

聴覚過敏というのは、一番厄介です。
大勢がガヤガヤと話している、カクテルパーティーのような場所でも、特定の相手と会話をして相手の声を聞き分け、聞き取ることが出来るこの事を、カクテルパーティー効果といいますが、多くの声から特定の声以外をフィルターにかけて、ふるい落としてしまうわけです。
このフィルターが働くおかげで、騒がしい中でも話しが出来るんですね。
カラオケや居酒屋なんかその典型でしょう。
そのフィルターが殆ど働いていないので、周りの騒音とごちゃ混ぜになって、相手の声が聞き取れないんです。
カラオケや居酒屋なんてもってのほか、あの騒音だけでもずっと頭の中で轟音となって鳴り響いてて、頭がボーっとしてしまい、更にフィルター不良の状態で話しをするなんて、何を言っているのか分からないし、聞こえている振りをしなければならないし、目が回りそうになります。
だから、そういう場所に行くとくたくたになってしまい、楽しむなんてとんでもない、苦痛なだけでした。

パチンコもあの騒音が嫌いです。
拍手さえ、轟音となって目が回ります。 それも、同じテンポで皆で揃えて手を叩く、あれは怖い。
手を叩く音の一つ一つで、どんどん気が遠くなっていきます。
以前よりも聴覚過敏はひどくなっています。

周りの音だけでなく、他の視覚的な情報も一緒になって降り注いでくるので、人が大勢いるだけでも圧迫感と不安から頭が混乱してくるので、正常な判断が出来なくなって乗り物を間違えたり、先日も免許証を落として、その落とした事も気付かずにいました。
小学校の頃の運動会とか、体育館での行事とか、ああいうのは苦手でした。
先ず、何を話しているのかよく聞き取れないので、運動会などは自分がどうすればいいのか分からなくて混乱しました。
入学式や卒業式や、時々やる体育館での行事などはいつも気分が悪くなって時々貧血になりました。
膨大な情報や、ざわざわという騒音や、圧迫感と緊張と訳の分からない不安から、頭がボーっとして、そのうちに気分が悪くなってきたんだと思います。
情報過敏って言ったほうがいいようですね。

感覚は過敏なばかりでなく、過敏さと鈍感さを併せ持っている場合もあります。
例えば、痛みに対しては過敏さと鈍感さがあります。
体の表面を切ったくらいでは何も気が付かない事があって、血が出てきてビックリすることもあります。
かと思うと、採血など血管に針が刺さった途端、余りの痛みに気が遠くなり、大概その直後に貧血を起こします。
2度ほど意識不明になりました。
VVR(血管迷走神経反射)というそうですが、原因は感覚過敏だけでなく、子供の頃の記憶とも関係が有るかもしれません。

体の状態とかとなると、かなり鈍感になります。
失体感症(アレキシソミア)というそうですが、体調の悪い事や、体の中の痛みや、疲れているかどうかも分からない事が多いんです。
暑さ寒さも、有るレベルを超えないと気付かないようです。
最近は、ずっと睡眠障害が続いていて、強めの睡眠薬を使わないと2~3時間で目が覚めてしまい、その後は眠れないんですが、その疲れは相当有るはずなのに全く自覚できず、数日置きに動けなくなってようやく気付きます。
普通の睡眠導入剤では、途中で起きてしまうと効果が無いので、薬を変えてもらって調整していますが、この辺のことは又後日。

失体感症の話にまで飛んでしまいましたが、聴覚過敏の話に戻しましょう。
普通の会話に於いても、時々ちょっとしたイレギュラーな刺激、音の乱入や視野の中に飛び込んでくる何かなどによって掻き乱され、突然相手の話が分からなくなります。
部分的に声が音だけになって意味を成さなくなるわけですが。
いろんな現象となって現れるわけです。

現在、聴覚過敏で探すといくつかのグッズがありますが、どの程度の効果があるのかは疑問です。
2種類ほど購入してみたんですが、お勧めできるほどの効果が有るかどうかは未だ試験中です。
ノイズを減らすものは幾つもあって、それなりの効果が有るものも有るようです。
だから、単純に静かな環境が欲しい場合には使えるものも多いと思います。
ただし、カクテルパーティー効果を補う物は難しいようです。
ノイズを押さえるタイプの物は、会話をするときには邪魔になります。(自分の声が反響して苦になります)
また、声を選別して特定の人の声を取り出すことは、かなりハードルが高い技術を要するんじゃないでしょうか。
もし、有効なものが有ったら、ぜひ教えていただきたいと思います。

聴覚過敏用と詠った商品は見た事がありません。
効果が有るかどうかは、実際に購入してみるしかないわけですから…。
いろんな商品を試せる場所が有るといいですね。

では、今日はこの辺で。

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自分探しの旅

未だ載せてないが溜まってしまったので、いくつか拾ってみました。



<自分探しの旅>
明日、自分探しの旅に出るよ。
何処に居るのか、如何しているのか分からないけど、
屹度何処かで迷子になって、僕が行くのを待ってる気がする。
僕に見つけてもらいたくて、ずっと前から何処かで待ってるに違いない。

何処から探せばいいのか分からないけど、
いつか屹度見つけてあげるから。
今までほって置いて悪かったね。
決して見捨てたわけじゃないんだけど。

今更と思うかもしれないけど、やっと旅支度が整ったんだ。
支度に随分と手間取ってね。
大分遅くなったけど、夜が明けたら出掛けるよ。
自分探しの旅に出掛けるよ。
そして、必ず見つけてあげるから、
それまで其処で待っていて欲しい。



<苛立ち>
自分の心が今一つ掴めない苛立ち。
何かを言いたいのに、何を言いたいのか、
それが見えてこない。

心の中に溢れる見えない感情。
朧に揺らぐ霧に遮られて、その姿をはっきりと見ることが出来ない。
心の色が見えてこない苛立ち。

直ぐ其処に居ながら、その実、何処にも居ない。
届きそうで居て、決して届かない遥か彼方に居るような気がする。
せめて、その後姿だけでも見ることが出来れば、少しは安心出来るものを。

姿を現したと思うと、次の瞬間いずこかへ消えてしまう。
何一つ痕跡を残さず、姿を消してしまう。
苛立ちは募るばかり。



<決別と出会い>
古い自分との決別と、新しい自分との出会い。

昨日までの古い自分とは決別しよう。
自分を偽った模造品の自分。
何も見えなかった盲目の自分。
心の声を聞こうとしなかった頑迷な自分。
偽りの上に偽りの自分を重ね合わせ、何者であるかも判別できなくなってしまった自分。
そんな過去の自分とはキッパリ決別しよう。

そして、長い長い旅路の果てに見つけた新しい自分。
これからの人生の先達となる新しい自分。
未だ幼く、か弱い新しい自分。
だが、真実を見つける目を持ち、
偽りを聞き分ける耳を持ち、
人生を切り開く希望の力を持つ。

そんな新しい自分と、共に人生を歩もう。

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左手で手習い(ひらがなの練習)を始めました

最近、利き手(右手)の調子が良くなくて、強張った感じが解消されないんですが、腱鞘炎なら少しは良くなってきてもいいのに、返って悪くなっています。
原因ははっきりしません。

まだ、暫くは切り絵を再開できないですね。
残念です。
詩を紡ぎだす時も、必ず手書きで書き留めないと上手くいかないので、左手で文字を書けるようにしてみようと思って、昨日から練習を始めました。

練習を始める前。 いきなり左手で字を書いたら、鏡文字が混じってますね。
CA3C0126.jpg

なぞり書きの練習です。
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さあ、練習の成果。
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初日はこんなもんでしょう。

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今日は短文で御免なさい

今日は、どういう訳か目が痛くて、明日眼科へ行って来ようと思います。
そんな訳で、短文で済みませんが、変わりにを数編載せておきます。



<揺らぎ>
僕の心はいつも揺ら揺ら揺ら揺ら、
時には激しく、嵐の海のように波打って、
いつも船酔いしそうです。

不安の坩堝に嵌まり込むと、グルグルグルグルと渦を巻いて回りだすから、
目が回ってしまいます。

楽しいかって?
あまり楽しいもんじゃありません。
慣れるものでもないし、
仕方のないことです。

この揺らぎも、僕の大切な一部だから、
大変は大変だけど、
上手に付き合っていきましょう。
これがなくなっちゃうと僕じゃなくなっちゃいますから。

揺れの激しい時は、少しの間じっとしていれば、
直に落ち着くでしょうから。
慌てることもありませんね。
いつものことですからね。



<自分探しの旅>
明日、自分探しの旅に出るよ。
何処に居るのか、如何しているのか分からないけど、
屹度何処かで迷子になって、僕が行くのを待ってる気がする。
僕に見つけてもらいたくて、ずっと前から何処かで待ってるに違いない。

何処から探せばいいのか分からないけど、
いつか屹度見つけてあげるから。
今までほって置いて悪かったね。
決して見捨てたわけじゃないんだけど。

今更と思うかもしれないけど、やっと旅支度が整ったんだ。
支度に随分と手間取ってね。
大分遅くなったけど、夜が明けたら出掛けるよ。
自分探しの旅に出掛けるよ。
そして、必ず見つけてあげるから、
それまで其処で待っていて欲しい。

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今日は心のリフレッシュ…。

今日は、一寸近くまで…。
自宅を開放して、ピザやロシアンティーやインドネシアのカレーなどを用意して…、サロンって言うんでしょうか。
其処で、切り絵やなどを飾らせてもらって、ご馳走になって、楽しい時間を過ごしてきました。

僕はコミュニケーションが取れないので、一寸不安だったんですが、中国とインドネシアの留学生が来ると聞いて、一寸出掛けてみました。
僕にとっては、日本人だとか外国人だとか、或いは年齢差や社会的権威とか、そういった事での区別というのが全く無いので、日本人で無いということは逆にとても楽なんです。
日本人独特の暗黙の了解や、「言わなくても分かるでしょ」といった部分がとても苦手で(まあ、言ってもらわないと分からないんですが)、いつも何故はっきり言わないんだろうと思ってしまいます。
そういうことを、あまり考えなくていい分だけとても楽なんだと思います。
だから、言葉が通じるかどうかさえ、あまり考慮しないんですが。
心の共感覚で相手の心を感じるので、普通の共感とは違って、影響を受ける部分が少ないんだと思います。

もっとも、今日来てた留学生はとても日本語が堪能で、会話にもなんの問題も無かったですが…。
僕のの心も伝わるみたいで、嬉しくなって一寸はしゃいでしまいました。
翻訳してみてって、頼んでみたんですが、翻訳されたが国を超えて誰かの心に届いて、ほんの一寸でも心が和んだり、孤独感を和らげることが出来れば、ほんとに嬉しいんですが。
トライしてみてって、エールを送りたいです。

まだ、載せていないが溜まっているんで、少しずつ載せていこうと思います。



<心過敏症>
僕はね。
心がね。
ちょっと過敏なんだって。
視覚や、聴覚や、味覚や、臭覚や、触覚と一緒で、心も過敏症なんだって。
だからね。
すぐ悲しくなったり、
すぐ怒ったり、
すぐ嬉しくなったり、
すぐ不安になったりもするんだよね。

心も、光や、音や、他の感覚と一緒で、
人の何十倍も大きくなって感じるから、結構大変なんだよ。
いつも感情がジェットコースター。
逸れも時差付きだからね。
時々ぐたーっと疲れちゃってね。

繊細って言えば聞こえはいいけど、限度があるよね。
生きてるって、それだけですごく疲れるんだよ。
僕にはね。
だから、時々ちょっとやになったってしょうがないよね。
そういう時もあるよ。
生きてりゃいろいろあるんだからさ。



<心の時差ぼけ>
最近ね。
気が付いちゃってさ。
僕の心は時差があったんだよね。
何で今まで気が付かなかったんだろう。

自分の感情がね。
すぐ分からなくってさ。
何日もしてから気が付く事があるんだ。
ほんと。

変でしょ。
これって、時差があったんだね。
どうも、そういうことなんだって。
それで、時差遅れで気が付いた時には、
とんでもなく大きく膨れ上がってて、
もう大変。
混乱しちゃってパニックになってね。
これがすなわち心の時差ぼけ。

面白いでしょ。

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不安、時々不安

これは、生来のものでどうしようもないのですが、時々、激しい不安に襲われます。
前触れも無く、突然のこともあります。
一時的か、長引くかの違いはありますが、時々来襲してくる定例行事になっています。

今日のは、一寸前に不安に襲われ、そんな中で書いたです。



<不安>
何でこんなに不安になるんだろうね。
いつも突然襲ってくる不安。
何も手に付かなくなっちゃうんだ。
人に会うのも怖くなるしね。
もう、如何していいか分からなくなって、逃げ出したくなるんだよ。
どこか遠くへ行ってしまいたくなるんだ。

昨日までなんでもなかったのに、前触れもなく遣って来るんだ。
切っ掛けなんていつも大したことじゃないのに。
ふいっと、何処からともなく襲ってくる不安。

未来への不安。
生きていることへの不安。
心が見えない不安。
人の心が突然見えなくなって、目の前が真っ暗になってね。
如何したらいいのか分からなくなるんだ。
一度不安になると、不安で不安でたまらなくなって、如何にもならないんだ。

不安ったって、いつもちょっとしたことなんだけどね。
人の心が見えなくなった時にはね。
嫌われたら如何しようとか、
怒らせちゃったんじゃないかとか、
困らせちゃってるんじゃないかとか、
迷惑がってるのかなとか、
それがよく分かんないもんだからさ。
かってに不安になって独り相撲さ。

不安ってのはね。
生まれた時からお供につれてきたんだから、今更切り離せないんだけど。
いつでも、何処へ行く時でも、必ず付いてきちゃうんだ。
いつもは、あまり気にならない程度に、他のことに気を取られているだけで、
不安が消えることはないんだけどね。
僕には、生きてるとオマケで付いてきちゃうものだからさ。
まあ、そういうことなんだ。

ずっとお付き合いしてくしかないから、しょうがないんだけど。
不安と上手にお付き合いする方法があるのかしら。
あったら教えて欲しいな。

不安に訪問されると、いつまでも付き纏って離れようとしないから、
いつもちょっと辛いね。
ほんとはかなりだけど。
不安が頭の上を通り過ぎてくまで、
暫くの間待ってるしかないのさ。
参ったな。

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切り絵を始めた切っ掛け

少しずつですが、見て頂いている人が増えているようですね。
出来れば、コメントを頂けると励みになります。

今日は、簡単にですが切り絵を始めた辺りの事を話そうと思います。
最初は、パソコンの壁紙を探していて、つい見とれてしまうような切り絵を見つけました。
それが、蒼山日菜さんの切り絵でした。
切り絵には興味を持ちましたが、とても自分には出来ないだろうと思っていて、取り敢えずネットからダウンロードして集めたのが、介護用に使える簡単な切り絵、というより切り紙の方が多かったと思います。
ところが、肝心の母の方は興味を示さず(もう、細かな事が無理になって来ていました)、代わりに自分で切ってみました。
折り紙を使った切り紙の方ですね。

それから、ネットで切り絵の本を探して、最初に購入したのは、始めて切り絵に出会ったあの蒼山日菜さんの本でした。
蒼山日菜さんは、はさみで切ります。
それで、僕もはさみで切る事にして、始めは手頃な値段のはさみを買い、購入した本だけを頼りに切り始めました。
その本は、「あなたにもできる蒼山日菜のレース切り絵(II)」 でしたね。


今は時々デザインナイフも使いますが、はさみで切る方が習得する迄の時間が掛かります。
その頃切った切り絵はもう手元に無いですが、今見たら見なかった事にしたくなるかも知れません。
次第に慣れ、縮小して切ってみたり、他の本を買って切ったり…。

オリジナルのデザインを切るようになったのはかなり後です。
自分でオリジナルのデザインを考えて切るようになって、まだそれ程切らないうちに手の調子が悪くなって、現在まだ切り絵は休養中です。
その代わりに詩が浮かぶようにはなったんですが。

一番最初に切ったオリジナルの切り絵です。

作品No0002
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「月命日」の当日に紡いだ詩です

先日の、母の月命日に書いたを…。
一日一日と、月日は過ぎて行きますが、しなければならない事は幾らでも在るのに、なかなか捗りません。
そろそろ遺品の整理もしなければならないんですが、いつ始められるかですね。
どのみち、時間が経っても記憶が薄れて心が軽くなるなんて事は、僕にはずっと訪れないので(発達障害の特性でしょう。記憶は決して薄れません。)いつでも同じことなんですが、さて整理を始めるとなると、なかなか決心が付かないものです。

取り敢えず、ちょっと長いですが…。



<月命日>
お元気ですか。
貴方が此処を去ってから、ちょうどひと月が経ちました。
貴方は、今、何処に居るんでしょう。
あの宇宙(そら)の何処を旅してるんですか?
ケンタウリはもう通り過ぎましたか?
スピカの5連星へは、もう往きましたか?
それとも、もう何億光年の彼方へ行ってしまったんでしょうか?

今朝は、ふっと、この家に貴方がいるような気がして、彼方此方捜したんですよ。
そういえば、貴方はもう居なかったんだなって想い出したんだけど。
忘れ物でもして、戻ってきたのかなって、そう思ったんですけどね。

僕の記憶は少しも薄れることがありません。
だから、いつでも鮮明に貴方が居た頃のことを想い出します。
あまりに鮮明なので、本当に貴方が其処に居るような気がして、ちょっと混乱します。
そして、悲しみも一緒に想い出します。

この先もずっとこうなんでしょうね。
時折、記憶が悲しみを伴なって舞い戻ってくるんでしょうね。
それも、寂しくなくていいかも知れません。
普通は少しずつ記憶が薄れて、次第に遠ざかっていくんでしょうけど、
そういうことは僕には起こらないんでしょう。
他の忘れられない記憶と一緒で、いつでも全てを鮮明に想い出してしまうんですよね。

生きている限り、時々想い出しては、
痛みを伴なう、遠い過去の世界に浸ることを繰り返していくんでしょう。
それが僕ですから。
永遠に忘れずに済むのは幸いですね。
これも貴方の贈り物ですか?
貴方からの贈り物が沢山あります。

くれぐれも道中御無事で、旅を続けて下さい。
もう、旅も終わりでしょうか?
では、御機嫌よう。

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