- 『ピコの心』 -                (凸凹作家ピコの屈折した記録)

切り絵、パステル画、詩、書、発達障害(自閉症スペクトラム・ADHDなど)、愛着障害(アダルトチルドレン)、解離に関するもの、その他。 暫くは詩が中心です。

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承認願望について

昨日で作品展(合同展ですが)も終わって、切り絵を切っていた時に強い疎外感を感じていて、その疎外感がそのまま切り絵に表れていたために、違和感というか、詩との不協和音を奏でてしまったようです。
疎外感からの過去への拒絶から、以前に切った切り絵を使う気に慣れなくて、今回、十日程で新たに切った切り絵には、強い疎外感から来るとげとげしい反発が強く出てしまい、切り絵(特に僕ははさみで切っているので)独特の繊細さが薄れてしまったようです。
作品としては、良く無かったですね。

いろんな方に見に来て頂いて、出品したことを後悔はしていません。
足を運んで頂いたことは、作品の出来はどうでもいいほど嬉しかった。
昨年の方が、作品としては今年よりも余程良いと思いますが、殆ど見に来て貰えなかったのでちょっと寂しかったけど、今年は毎日のように案内しに出かけて行って、疲れたけど会場で会えるのが楽しみで…、昨日で終わってしまいましたが…。

作品の中の切り絵に秘められた心模様が、思い及ばない異質なものが根底にあって、謂わば見る人をすら拒絶しているようなもので、詩とは奇妙な不協和音が響き続けて、幸い最終日が終わるまで気づかなかったのでまだ良かったですが…。
最終日を終えて帰ってから、このことに気づいて、それで完全に燃え尽き症候群です。

話は変わりますが、こういった機会にいろんな人と会って話すうちに気づいた事があります。
僕には確かに、強い承認願望があります。
AC から来る要素もあるかも知れませんが、認められたいと言う強い願望は常にあります。
詩や切り絵、特に詩は手作りの詩集を作って差し上げたりしていますので…、詩集を売って有名になりたいとか、誰にでも認められる有名な詩人になりたいとか、詩集でなくても絵本(絵本を創りたいと思っているんですが)でも大量に売って稼ぎたいとか、そう思っていると誤解しているようです、大概の人が…。
認められたいと言うのは、誰にでも認められて、つまり一般受けしたいというものとは全く違います。
人とは少し違う感覚を持っているし、そのままの感覚で詩なども書いています。
それが誰にでも受け入れられることなど期待していないし、一般受けするように受け狙いの詩など書く気にもなれません。(詩だけでなく…)
一般受けするものほど、つまらないものは無いと僕は感じます。
多分、理解されにくいことでしょうけど…。

詩でも、その他の創作でもそうですが…、詩の場合は特にですね…、特定の誰か、或いは不特定の誰かに向かって書いています。
その誰かが自分自身のことも多いし、特定しないけれども誰かに向けて書いていることもあります。
特定しない誰かとは、詩を読んで何か伝わるものがあれば、その、僕の詩を読んで貰った人が誰かなんです。
常に、目の前には一人の観客しかいません。

詩を読んで心を向けて貰った時に、その瞬間に観客になります。
承認願望は不特定多数に対してではなくて、常に誰かに認めて貰えば十分なんです。
そういう人が多かろうが少なかろうが、観客の人数には関心すらありません。

もともと、詩でも他の創作でも、ただ噴き出すものを繋ぎとめているだけです。
繋ぎとめなければ、その時の光は何処かへ飛んでいってしまう。
光の色は明るい時もあれば、暗い時もあって、何かを制御したり、書くものをコントロールしたりする事は不可能なんです。
よく、もっとこういう詩にすればとか、いろんな意見はあるでしょうが、出てくるものをコントロールして、例えば 「こういう詩」 にすることは無理でしょう。
つまらないものが出てくる事もあるし、意図しないものが突然出てくる事もありますが、そのうちの一つでも、誰かに…、恐らく、先ずは信頼する誰かに認めて貰えれば、それで十分であり、たった一人の観客でも構わないんです。

詩が認められる原点が、DNA の近い一人と、僕が通っているメンタルクリニックです。
いつでも、そこから広がる世界に詩の容となって広がっていくだけで、それが自分の存在を容認できる元(origin)になっているのかも知れません。

これから、もう少し経ってからかも知れませんが、絵本を創りたいと思っています。
パステル画もそのために少し練習しないといけませんが…。
その絵本を届けたいと思います。
でも、やはり誰かにです。
誰かに届けば十分で、大勢でなくても構いません。
大量に売るとか、そういうことは、僕のこれから創るであろう絵本などに興味を持っていただけたら、信頼できる人であれば、その方にお任せします。
金銭管理というのは僕にはできませんから…。
もし、そういう事があればの話で、興味すらありませんが。
売れようとか、儲けようとか思ったら、もう何も新しいものは出てこないでしょう。
これは、間違いなく。

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