- 『ピコの心』 -                (凸凹作家ピコの屈折した記録)

切り絵、パステル画、詩、書、発達障害(自閉症スペクトラム・ADHDなど)、愛着障害(アダルトチルドレン)、解離に関するもの、その他。 暫くは詩が中心です。

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名前と言う抽象的な仮面

最近、名前を呼ばれる度に違和感を感じます。
特に、苗字を呼ばれた時に、ビクッとして恐怖感すら覚えるようになりました。
どうしても、自分の名前とは思えなくて、だんだん反応すら出来なくなっています。
今迄も、苗字を呼ばれる事に強い抵抗感があったんですが、感覚が鋭敏に成るに従い、不安と恐怖すら覚える程になってしまって…。

不思議ですが、pico(ピコ)と言う名前には安心感を覚えます。
この名前は詩を通して、自分の中から自然と生まれてきた名前で、インナーチャイルドのような気がしています。
この名前で呼ばれると、全く違和感なく、自分のことだと認識できるんです。

それが苗字で呼ばれた時は、それが自分の事だと認識するまで、頭の中を1週して確認しなければ、意味不明の他人の名前としか思えないんです。
しかも、とても厭な気分になり、一瞬にして不安になり、鼓動が苦しくなります。
それで、一度その名前を葬ってしまおうと思い、心の中の墓石の下に埋めました。
ドナのウィリーのように。

時々、墓石の下を覗き込んで、過去の抜け殻と対面し、其処に何が在ったのかを分析しなければいけないと思いますが…。
それは、棄ててしまった過去の断片から、今まで見つけられなかった自分自身の欠片を探し出し、空っぽの過去を少しずつ埋めて、点と点を繋げていくように…。

名前って、その人を特定する為の抽象的な仮面に過ぎないんだと思います。
そんな仮面に苦しめられる事もないでしょう。
偽物の過去の自分を棄てた時、一緒に過去の名前も棄ててしまったんでしょうね。
性別を棄てた時(これは元々、存在していなかったようですが)と同じように…。


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