- 『ピコの心』 -                (凸凹作家ピコの屈折した記録)

切り絵、パステル画、詩、書、発達障害(自閉症スペクトラム・ADHDなど)、愛着障害(アダルトチルドレン)、解離に関するもの、その他。 暫くは詩が中心です。

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翻訳のメカニズム

本題の前に。
僕自身、自閉症スペクトラムであると同時に、ADHD でもあります。
でも、表面上現れる特徴などは類似していることも多く、双方を持つ身としては、どの部分がどっちの障害に因るものなのか、などと、いちいち考えても詮無きこと。
更に、愛着障害も含有しているのですから、各障害の類似項の方が多いんです。
それに、今の分類にすら疑問を持っています。

ともかく、最近はその名称には余り考慮しません。
まして、個人差も大きく、その個人差を無視して大まかな枠の中に当て嵌めようとすること自体に、かなりの無理があるのを感じます。
そういう事ですので、障害の名称自体を省略することが多いことを、今後の前提として本題の前に…。


では、本題ですが、自分の中の言葉と外側(一般的な、とでも言っておきましょうか)の言葉とは、微妙に食い違っていたり、その意味する内容の解釈が違っていたり、とにかく、翻訳しないと理解が出来ないんです。
英詩の翻訳をしたことがありますが、何について書かれているのか、何を言いたいのか、その予測に基づいて翻訳していきます。
その予測が付かないと、すなわち、言いたいことの趣旨が掴めないと、翻訳はかなり難航します。

これと同じことを、母国語で有る日本語に於いても行っているということです。
英詩より余程楽なのは、単語の語彙数が桁違いに蓄積されているからですが、ただし、正確さに欠けます。
それは、独自の解釈をしてしまっているからです。
要約すると、母国語のように良く知っている異国語を駆使しているということです。
それで、翻訳しないと理解できないんです。

書かれたものは繰り返し読むことで、予測と翻訳をフルに活用します。
ネットで見る情報は、画面として瞬間的に捉えた中から言葉を記憶した画像から抽出し、必要とする言葉が見つかると読み始めます。
この時点で、書かれた内容の予測が付かない場合は、ざっと単語拾いをして、予測が付いてから読み始めます。
それでも、PC の画面で見るときは斜め読みが殆どです。

紙に印刷されたもの、書籍などを読む時は、様相が違ってきます。
先ず、斜め読みは殆どしません。
本の場合は、最初の帯びや解説、目次などから趣旨を予測します。
だから、帯びは大事に扱います。
それから、ゆっくりと時間を掛けて翻訳していきます。
時々、途中まで戻ったり、最初まで戻ったりしながら。
戻って、内容を再確認する時は斜め読みに近くなります。
途中で戻るのは記憶の問題もあります。
最後まで読んでから、もう一度読むまで待っていられないので、途中から戻って読むことが多くなります。
その上で、最後まで読んだ本を、もう一度読み直すこともあります。

こういった方法は、個人差がありますが。
映画を見ていても、よく巻き戻したり、何度も見たりします。


会話となると、読み返したり巻き戻りたり出来ないのがとても不便です。
話を聞き始めると、先ず話の趣旨を予測します。
この予測が出来ると、割とすんなりと翻訳が進んでいきます。
ただし、途中で予測に支障が生じると、翻訳がストップして頭の中でフリーズします。
何を言っているのか分からない、意味の無い言葉の欠片になって散乱してしまいます。

まして、最初から予測が出来なかった場合、何を話そうとしているのかの趣旨が分からないままだと、翻訳に齟齬が生じます。
いきなり混乱したところからスタートしてしまうので、最後まで意味不明のことが大半を占めます。

この予測と翻訳の作業に、かなりの労力を使っています。
僕は心と目を中心として、その他の情報を合わせて取り込みます。
それが、障害の特長とも言われる、共感できないという部分を補完(全く異質の補完の仕方ですが)しています。
その代わり、頭の中でヒートアップして、よく微熱が出ます。
話し始めると、長時間に及ぶことも有るので、帰った頃にはくたくたになって、暫く頭痛と微熱が続きます。
話を殆どしなくても、入ってくる情報量が多いだけでも疲労困憊してしまいます。

そんな状態なので、全ての情報に目を配りきれないで、何かを見落としてしまう。
主語が抜けたこと自体に気が付かないことがよくあります。
いきなり予測に支障をきたします。
主語が無いと予測が難しくなりますが、原因を特定する前に翻訳がストップして、頭の中でフリーズしてしまいます。

会話の内容に含まれた別の要素、それは、聞き取れたものに加えて、全ての見えるもの見えないものの情報を分析して、その意味を掴むまでにはその場では時間が足りません。
情報量が多すぎて分析に時間が必要なんです。
翻訳という余分な作業を必要としているので、普通?にその場で分かる、ということは不可能なんです。
脳内をフル回転させても、量子コンピューターの処理能力には遠く及ばないし、これ以上の平行処理ができるほどの余力が無いんです。

もともと、一つの事に使用するエネルギーが膨大で、つまり膨大なエネルギーを一つの事に集中させてしまい、他の事に廻すエネルギーが常に枯渇しています。
自分で話をし始めると、其処から抜け出せずに廻りを見る余裕も無くなってくる。
聞く時とは、全く違ったスイッチが入り、それも途中で止めると再起動が困難な重い歯車のスイッチ。
エネルギーも膨大に使用します。
途中で止めたら、そこで完全に途切れてしまう。
話すことと聞くことは全く異質の事なので、簡単に切り替えが出来ないんです。
切り替えて元に戻した時には、切り替え前の情報は失われていて、それで、話していた内容に戻ることが出来ないんです。
その恐れから、話を途中で止められない。

話すことと聞くことと、どっちが楽かなんて、比較は不可能です。
エネルギーの向かう方向が全く逆なので、一端完全に切り離して、接続し直さなければいけないようです。
とても効率が悪く、応用の利かない、理不尽なスイッチです。

翻訳自体が何故必要なのか、それは結構難しい問題です。
何故、自分の中で理解出来る言葉と、自分の外の普通?の世界の言葉との間が、直接は繋がっていないのか。
何故、翻訳しなければ自分の言葉として理解できないのか。
自分の中だけで、より多くの時間が経過し、外側の世界との交流の無い一つの、或いは複数の広大な世界が出来上がって、独自に進化してしまった。
そう考えるのが一番近いように思います。

それ以上の説明は、まだ無理です。
まだ、分からないことの方が多いのですから。

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2016-01-26 Tue 09:37 | | # [内容変更]
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