- 『ピコの心』 -                (凸凹作家ピコの屈折した記録)

切り絵、パステル画、詩、書、発達障害(自閉症スペクトラム・ADHDなど)、愛着障害(アダルトチルドレン)、解離に関するもの、その他。 暫くは詩が中心です。

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発達障害プロジェクトについて

先日の、NHKスペシャル「発達障害 ~解明される未知の世界~」を始め、発達障害を扱った番組が続いているようですね。
幾つか見てみました。
過去の、定型指向性のステレオタイプ的な番組から、当事者目線の番組作りをしようとしているのは感じられました。
此処まで誤解と偏見の奇形ステレオタイプが横行してしまっている、中身の無い「発達障害」という鉄格子。
間違いだらけの、この国の歪んだ支援システム。
其処に、切り込めるのかしら?
何処まで出来るのかしら?
期待を込めて、暫く様子を見ようと思います。

先日の「発達障害 ~解明される未知の世界~」は、本当に手探り状態でしたが、少しずつ変わってくればな、と思います。
次回の同様な取り組みで、何処まで出来るのかな、と、ちょっと楽しみですね。
発達障害という枠組みで括らなければならない、という現実。
その枠組みが、時には足枷のように感じます。
足枷は、必要以上に「障害」である事を、否応無く自覚させられます。
それは、特性としてではなく、普通でない劣った存在として…。

確かに普通…普通は、定型の普通であって、自分たちの普通は別にあるけど、その普通は、定型の人にとっては普通じゃないんですよね。
それと同じ事で、定型の人が言う普通というのは、発達障害のある人にとっては普通じゃないんです。
その、「定型的普通」な事は、出来ない事もあります。
でも、それが劣っている事になるのかしら。
人が、人より劣っているなんて、そんな事があるのかしら。
わたしには、劣っているとは思えません。
ただ、少し違うだけですよね。
出来る事と、出来ない事が、それも、主に定型的視点に於いて、アンバランスで、見た目とは違うのに…。

言葉というのが、結構ネックになっていて、言葉というコミュニケーションツールを、上手く使えないというハンディを持っている(ASDの)人は、少なくないと思います。
わたし自身も、言葉にLD(学習障害)を持っています。
人は、外見で判断しがちです。
実際の障害レベルよりも、重く(劣っていると)見てしまったり、軽く見てしまったり。
重く見られたくも、逆に軽く見られたくも無いんです。
有りの侭の、真実を見て欲しいと思っているんです。

支援する立場にいる人も、発達障害自体を否定している人もいます。
偏見の形も、いろいろ在るようです。
少しずつでも、その偏見を変えていかなければいけないのかな、と日々実感します。
その為に、何が出来るのかなと、考えます。
時々、何も出来ない事を悔やみ、自己嫌悪の嵐に晒されます。
こういう事も、偽善と取る人がいる事も知っています。

今日は、ちょっと取り留めの無い内容になってしまいましたね。
この辺で、筆を置きます。



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