- 『ピコの心』 -                (凸凹作家ピコの屈折した記録)

切り絵、パステル画、詩、書、発達障害(自閉症スペクトラム・ADHDなど)、愛着障害(アダルトチルドレン)、解離に関するもの、その他。 暫くは詩が中心です。

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詩が誰かの心に届くことの歓び

今日は、メンタルクリニックの受診日でした。
待合室に僕の書いたを張ってもらってあったり、今までの数々のをファイルにして置いてもらってあるんですが、目に止めた人の心に届いて、少しはお役に立っているようです。
僕のを読んだことで、生きることに希望を見出したりすることにも繋がっているようで、これ以上ない賞賛の言葉と受け取りました。
誰かの心にしっかりと届いていることが分かり、ほんとに嬉しくて涙が溢れそうになりました。

日ごろ、心に浮かぶままを書き取っているだけです。
自分でも、何処からが沸いてくるのか分かりませんが、心から噴き出したものを文字に変えて、ノートに書き留めるだけです。
心が弱っている時も、少し元気になったときも、その時々の心模様、或いは情動をそのまま飾ることなくしたためているので、明るいもあれば暗いもあります。
どうしようもないほど落ち込んで、落ちっぱなしの詩になる時もあります。
でも、ほんの僅かの光でもいい、見えないほど遥かずっと先の光でもいいから、そこに向かえる僅かな希望を持ちたいと、そう思える詩になっている事がわりと多いと思います。
特に心がけているわけではありませんが、いつでも、僅かでもいいから希望を持ちたいのは確かです。
その僅かの希望すら、全く持てない時は詩にならずに、詩のなりそこないのまま流れ去ってしまうことが多いようです。

これからも、詩が止まらない限り、書き落としていきます。
それで、誰かの心に僅かの希望の種でも生まれれば、これ以上の歓びはありません。

今日は、詩になれなかった、詩のなりそこないの行方を追ってみます。



<詩の墓場>
次々と溢れ出てくる詩の激流。
掴み損ねた詩や、見過ごしてしまった詩や、
詩に成ることを諦めた詩や、自ら拒否して手を振り払った詩。
それらの詩に成れなかった詩たちは、そのまま何処までも流れ去っていきます。
何処か遠い海の向こうにある、詩の墓場に埋もれてしまうのでしょう。
いったい、どれだけの詩がこの手を逃れて流れ去ってしまったことでしょう。

あの彼方に薄っすらと見える詩の墓場には、
どれ程の詩が漂っていることでしょう。
逆巻く情動と共に、
あちらこちらで渦を巻きながら、
詩のトライアングルに沈み込んでいきます。

運良く今一度浮かび上がって、
この手に拾われることもあるかも知れません。
その時は、今度こそしっかりと掴み取ってあげますよ。

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