- 『ピコの心』 -                (凸凹作家ピコの屈折した記録)

切り絵、パステル画、詩、書、発達障害(自閉症スペクトラム・ADHDなど)、愛着障害(アダルトチルドレン)、解離に関するもの、その他。 暫くは詩が中心です。

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内なる感情と外側の感情(ASDとアレキシサイミア)

アスペルガーなどの自閉症スペクトラムと感情(アレキシサイミア:失感情症)の問題について、外側(定型サイド)と内側(障害サイド)では見方が違うように感じます。
一般(定型サイド)には、自閉症スペクトラムなどの障害を持つ人は、相手の気持ち(感情)を理解できないとか、自分自身の感情すら理解できないとまで言い切っているのを見かけた事があります。
外側(定型サイド)からみれば、そうとしか見えないのかも知れません。
そういった感情を理解する能力が全く無いかのような表現には憤慨します。
さらには感情が殆ど無いと思われているかも知れません。
ASD(自閉症スペクトラム:以下ASDと略記します)にも、かなり個人差があります。
感情表現が苦手で、殆ど感情を表現しないタイプの人もいます。

しかし、内側から実際に起こっていることを伝える機会が少ないので、誤解が事実のようになってしまっているのでしょう。
ASDは、感情が無いわけではもちろんありません。
感情が少ないどころか、僕ら自身の内側では感情、さらにはもっと激しい感情である情動が溢れかえっています。
中で渦巻いて外に飛び出したがっているのです。
でも、その感情を表現しようとした途端、溢れ出して来た豊かで広大な感情に比べて、出てきた言葉の余りの陳腐さに落胆します。
外の世界にある感情と、内なる世界の感情が余りに違っていて、全く結びつかないんです。
的確に表現できるほどの豊富な表現に結びつけることが出来ない、そんな苛立ちを感じています。
外から入ってきた感情(相手の気持ち)も、内側にある感情と一致させて理解することが容易でありません。
何かがすっきりしないんです。
他の国の言葉を、懸命に翻訳しているようなものかも知れません。
何度も繰り返して、録画テープを回しては少しずつ翻訳する、そういった感じです。
自分自身の感情は、いつも後回しにせざるを得ません。
自分の感情は、翻訳作業が終わった後に取り掛かるプロセスになっているような気がしますが、ここのところは未だよく分からない部分でもあります。
自分の感情の場合でも、内側から噴き出してくる感情と、外側(他者)からの刺激によって発生する感情とでは何かが違っていて、結び付けて理解するのが容易でないのかも知れません。
あるいは、感情そのものと、感情を頭で分析して理解するプロセスのどこかに障壁があって、ストレートに理解する事を妨げているのかも知れません。

唯一つ伝えておきたい事は、僕らのようなASDの内側には、表現する事さえできない感情の世界が広がっていて、外に出て行こうと足掻いているのにその方法が見つからないんです。


あとで、少し詩を載せたいと思いますが…。

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